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「老害」とは何を意味するのか。この汚い言葉は使うべきではない

生活

こんにちは。ニャンさん@nyankodearuです。

普段Twitterやニュースのコメント欄などを見ていると、いたるところで「老害」という言葉が目につきますよね。

「老害」と口にしているのは大多数が若者層だと思いますが、この言葉は高齢者特有の思考・言動に対する蔑称のようです。

ちなみにですね、私はこの「老害」という言葉が嫌いで、軽々しく口にすべきではないと考えています。少し考えれば分かることですが、この言葉は本質的には人種差別などと同等のものだからです。

今回の記事では、

  • 「老害」という言葉の意味
  • なぜ高齢者は特有の思考になるのか
  • 「老害」という言葉を使うべきではない理由

この三点について私見を述べていきます。

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老害という言葉は何を意味するのか

さて、「老害」という言葉はどのような意味を持つのでしょうか。
Googleで検索してみると、トップにこのような定義が表示されました。

ろうがい

老害

自分が老いたのに気づかず(気をとめず)、まわりの若手の活躍を妨げて生ずる害悪。

引用:Google

これだけだと少し説明不足な気がしますね。世間一般では、現在の高齢者が持つ特有の思考や言動に対して「老害」という言葉が使われています。

私が日常で「老害」という言葉を耳にするのは、具体的にはこういったケースです。

  • 年長者の言うことに逆らうな
  • 昔から続けていることだから、つべこべ言わずにやれ
  • 自分たちの時代は体罰なんか当たり前だったのに、最近は甘やかしすぎている
  • 残業代は出なくて当然だ

…大体こんな感じですよね。

要するに、過去の成功体験や教育により自分の価値観が強固に形成されており、合理性を追求する社会の変化についていけず、非論理的な思考を若者に押し付ける高齢者、そういった特徴を持つ人のことを「老害」と呼んでいるようです。

さらに補足すると、年功序列社会である日本においては、高齢者が組織の役職についているケースが多いのです。このことも若者の怒りを加速させている一因なのでしょう。

さて、ここまでは「老害」という言葉の意味を見てきましたが、次はなぜ高齢者の方々がそのような思考をしてしまうのかについて考えてみましょう。

なぜ「老害」と呼ばれる特徴を持つのか

高齢者、団塊の世代と呼ばれる方々は、たしかに「老害」と呼ばれるような思考・言動を繰り返す人が多いですよね。それに対して若者はリベラルな人が多い傾向で、職業なども一昔前には考えられない程に多様化しています。

しかし、それではなぜ若者と高齢者では「物事の考え方」が異なるのでしょうか。

先に前提をお伝えしますが、人間はこれ以上は進化することがありません。進化しないとは何を意味するのか。それはつまり、私たちが「老害」と蔑称している高齢者と若者は、ポテンシャルには全く違いはないということです。

ポテンシャルが同じなのに、なぜ思考のパターンに違いはあるのか。それは環境の違いによる影響です。その時々の環境により要求される能力は異なっており、人はそれに対して学習し、適応するために成長します。

環境は常に変化するもので、教育の方針、科学の進歩、国の経済状況、外交関係…。高齢者が子供の頃にそろばんを習っていたように、今の子供は学校でコンピューターの勉強をするのですよ。

80年ほど前は日本も戦争をしていました。その時代に、一庶民が論理的な思考・発言をするのは困難なこと。国の命令に従順になる能力が要求され、それにより統率のとれた軍隊が形成されていたのです。

現在の高齢者は、そのように従順な能力が要求された時代に生まれてきた方々です。非論理的な思考パターンに陥ることは仕方がないのかもしれません。

「老害」という汚い言葉は使うべきではない

私の主張として、「老害」という言葉は明らかな差別用語であり、軽々しく口にすべきではないと考えています。

前述したように、高齢者がこのような性質を持っているのは環境による影響で、彼ら個人の責任ではないからです。

少し視野を広げて考えてみましょう。現代社会において、私たちは多様なバックボーンを持つ人々と接する機会があります。国、人種、民族…。人を隔てるものは様々ですが、馴染みのない集団と接すると、やはり私たちとの違いを感じてしまいますよね。

外見はもちろんのこと、信仰する宗教、食事の形式、コミュニケーションの取り方、さらには死生観なども異なるもの。中には私たちにとっては不快な行動を取るケースもあるかもしれませんが、しかしそれを非難することは思慮に欠けています。

彼らもそれぞれ大切にしている文化や、受けてきた教育があるのです。そういったものを配慮せず、特定の集団に対する差別的な言動は恥ずべき行為です。(日本では規制する法律がないことが問題ですが…)

話を戻しましょう。高齢者というのは、私たちと同じ環境下で生きてきたと考えがちです。しかしながら、同じ日本とはいえ、年代によって受けてきた教育や文化というものは少しずつ異なってきているのです。そのいったものを無視し、「老害」などの汚い言葉で蔑称することは、本質的には他の集団に対する差別と同じことだと考えています。

前述したように、会社などでは高齢者が役職についていることも多く、中には論理的な話し合いが成立しない場合もあります。しかしそのような時に「老害」などと汚い言葉で蔑称するのではなく、その中で状況を改善するためにはどうするべきか…を考えた方が建設的でしょう。

繰り返しますが、人間は現在進行形では進化していないので、若者も高齢者も持って生まれたポテンシャルは同じです。つまり完成した能力の違いは、環境による影響だと認識してください。

まとめ

以上です。

  • 「老害」とは非論理的な考えを若者に押し付ける高齢者を意味する
  • 若者と高齢者の思考の違いは育った環境によるもの
  • 「老害」という言葉は差別用語なので使うべきではない

これらが私の主張です。

最後に一つだけ付け加えると、若者はもう少し高齢者に対して感謝の気持ちを持ってもいいんじゃないかな~と思いますね。

現在でも不正入試やいじめ問題などがニュースで報道されていますが、昔に比べれば格段に良くなっていますよ。私も自由な人生を送っていますが、50年前に生まれていればこうは出来なかったでしょう。

私たち若者世代は「少子高齢化」など深刻な悩みと直面していますが、どの時代も何かしらの問題は抱えていました。

戦後の貧しい日本から、ある程度は平和で豊かな社会を築いてくれたのは高齢者の方々です。少子高齢化の中で財源を確保し、安定した社会を目指すのは若者の役割でしょう。

それでは今回はここまで。
最後までお読みいただきありがとうございました。

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